結婚と育児と、パパの変わりゆく時間感覚について

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こんにちは、もろちゃんパパです。つらつらとエッセイでも書いております。

年末年始に久しぶりに友達と飲みに行ったときに言われた言葉があります。

「結婚して働いて育児して、自分の時間なくて辛くない?」

彼は独身です。30代半ばで同じ時間軸を生きる者同士なので、彼の言うことはとてもわかる。同じようにリーマンをやってきて、今に至るわけで。転職したりしながら、境遇やステージが変わっていっても、根底では、同じような価値観でいると思う。だから、ぼくも逆の立場だったら聞いていただろう「一人の時間がなくて辛くない?」と。

たしかにそうだ。ぼくも大学に進学してから十年以上、いろいろ紆余曲折はあったが、一人で暮らしていた。それは幸せな日々だった。ときどき寂しさを感じるときはあったが、概して満ち足りた日々だった。それほど、実家にいた若かったころが辛かったのかもしれない。田舎の出身だから、だいたいの家の事情を把握している親戚や近所が嫌で、その近所の目を気にして生きる親が嫌で仕方がなかったのを覚えている。だから田舎に郷愁は感じても、絶対に戻りたくないと思ってしまうのだ。

その点、都市部で一人暮らしはいい。何をしても自由。何時に帰ってもいいし、風呂が冷めてしまうと怒られることもない。金さえ稼げば、楽に生きていけるのだ。これは最高の自由である。

でも、最近になって、結婚・育児という、ある意味での「不自由」を選んだ。自分の時間はほとんどなくなった。いざ結婚するとなったとき、いや、もっと前からだ、結婚を意識し始めたころからだんだん不安になってきた。「ぼくは人と暮らせるのだろうか?」

結果として、人と暮らすことは苦しくなかった。自分の時間がなくても楽しい。なぜだろう。こればっかりは、本当になぜかはわからない。かつてはあれほど嫌だったのに。30代を過ぎて性格が変わってきたとかなのだろうか、それとも今だけであとから辛くなるのだろうか。いずれにせよ、現在の楽しさは幸運の巡りあわせなのかもしれない。

ぼくは彼に言った。自分の時間あるよ。1時間ぐらいは毎日あるね。通勤の間に投資のニュースでも聞いているよ。ベビーの寝かしつけのあとに、一人でパソコン打ったりもできるね。

彼は感心したようだった。変わったな、とも言われた。

変わったのだろうか。でも、思ったよりも「家庭」というフォームの中にスルリと入れたことは、結構な幸運なのかもしれない。なかなか寝ないでぐずるベビーの背中をサスサスして、トントンして寝息に幸せを感じるようになるんだぞ、と3年前の自分に言っても全然信じてもらえない気がする。不自由や束縛や労働が楽しいと思えてしまう人間で、馬車馬のような性質をした人間で良かったなあと思うときがきたのだ。うそだろ、と言いたくもなる。

ただ世界には、「家庭」の形式に馴染めない人たちがいて、それが悲惨な世界を作っていることも知っている。ぼくにもあったかもしれない現在。そしてこれからだって起こりえるかもしれない未来。だからこそ、幸運の巡り合わせに感謝をしたいと思う。ぼくの特性を知って、忙しい中、なるべく一人の時間を作ってくれる妻に感謝をしたいと思う。こんな駄文を書くという、人生で一番どうしようもない時間を、ニコニコしながら許容してくれるその優しさに感謝をしたいと思う。

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